2006年10月03日

旧大国家住宅

土間から薄暗い小屋組を見上げて、思わず「うっ」と唸ってしまった。
頭上の太い丸太梁には、何と竹小舞い下地を巻きつけた上に土を塗り、更に漆喰が塗られていた。
250年の時を経て、漆喰はかなり剥落が進んでいたが、黒く煤けたその様子は、今まで見たどの建物の架構とも違う独特の雰囲気を漂わせていた。
それは、樹皮をつけたままの広葉樹を横にして、タテ・ヨコに組んだとでもいうような、はじめて見る木組みの姿だった。
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薄暗い小屋裏をよく見ると、かやぶき屋根を支える垂木部分にも漆喰が塗られている。
垂木の形を写すように黒く波打つ漆喰を見て、まったくここまでやるのかと半ば呆れてしまう。
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また、この小屋組の複雑なこと!
その原因は外に出て屋根の形を見ると判った。
”エ”の字型に入母屋の屋根を二つ並べ、その間を瓦屋根でつないだ「比翼造り」というこの住宅の独特の屋根の形からくるもので、日本全国でも3例しかないらしい。
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ご案内いただいた地元のガイドの方の説明では、その内のひとつが国宝「吉備津神社本殿」で、もう一例は千葉県にあるということだった。
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非常に希なはずだ、こんなに複雑で雨仕舞いが悪い形状では、腕の立つ大工でもおいそれとはつくる気にはならないだろう。
ましてや茅葺きの屋根である、なおのことだ。

そもそもこの家は北側の棟だけが先につくられ、その後家業が成功し、財力が出来るなかで南側の棟とそれを継ぐ瓦屋根が増築され、今の形となったそうだ。
つまり「吉備津神社本殿」などのように最初から計画された合理的なものではなくて、成り行きでこうなったというところが人の住む住宅らしくて面白いところだ。

この住宅にはつい最近まで家人が一人で住んでいたが維持できなくなり、和気町が買い取ったということだ。
しかし、町の財政も苦しいのだろう、あちこち痛んだ外壁が割れて下地の小舞いが見えているのが痛々しい。
出来るだけ早く保存改修工事を進めてもらいたいと心から祈るばかりだ。
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旧大国家住宅HP http://ww32.tiki.ne.jp/~wake/ookunikejyuutaku.htm










posted by こまつ at 05:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝統建築
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