2011年02月01日

日本の住宅の最高齢と平均寿命

現存する世界で一番古い木造建築は?
・・・といえば、良く知られているように法隆寺金堂で、築1300年ほどと言われています。
 ●法隆寺金堂: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Horyu-ji08s3200.jpg

たしかに、法隆寺は木造建築の耐久性の高さを示してくれるけれど、聖徳太子ゆかりの寺院でもあり、とても良く維持管理がされてきているはずで、特殊な例ともいえます。
一般の庶民の木造住宅では多分こうはいかないでしょう。

では、いったい普通の木造住宅はどれくらい保つのでしょうか?
300年、400年、500年・・・いやいやそんなものではありません。
現存する日本最古の住宅は兵庫県神戸市北区にある「箱木家住宅」で、14世紀の室町時代の建築と推定されています。
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つまり、今から約700年ほど前に建てられたものが今でも残っているのです。
日本の高温多湿の気候や白蟻の被害、地震の発生の多さを考えると驚異的とも言えます。

建物は巨大な茅葺き屋根が特徴的でなんだか竪穴住居を連想させます。
建物はどこを見ても質素で飾り気がなく簡潔です。

外壁は土塗り壁で窓が少なく、内部は少し薄暗い感じです。
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手前の「にわ」(土間)と奥の「おもて」(座敷)の間にある黒光りする柱は創建当初からのもので、角の面は幅広く、表面には荒々しい手斧(チョウナ)の後が残っています。
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「箱木家住宅」が日本の住宅の最高齢ならば、現代日本の住宅の平均寿命はどれくらいでしょう?
答えは約30年といわれています。

700年と30年あまりに違う数字に何か信じられない気持ちも覚えますが現実です。
アメリカの44年、イギリスの75年と比べてみても日本の住宅の耐用年数の短さは際だっています。
せめて倍の60年くらいは保って欲しいところです。

現在、これではいけないということで長期優良住宅制度を国が積極的に進めています。
現在の技術で厚化粧した長寿命住宅と対極をなすかのように山里に佇む「箱木家住宅」。
住宅としての本質は何かを問いかけてくるようです。
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2011年01月24日

伝統構法は歩くように移動した

兵庫県にある世界最大の実大振動台実験施設「Eディフェンス」で伝統構法の建物の振動実験があり見学に行ってきました。
広大な敷地内に建つEディフェンスの実験棟。
高さ43m、いゃ〜巨大です。
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内部は柱が無く完全なハコ。
実物大の試験体がどんと中央に鎮座しています。
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天井には実験建物をまるごと吊り上げられる400tクレーンが2機取り付けられています。
これで運搬台車から振動台に移動するのだろう。
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当日の実験は切り妻2階建て、石場建ての建物についておこなわれました。
「石場建て」とは昔の住宅などに多く見られる形式で、土台やアンカーボルトが無く、柱が直接基礎石の上に立っています。

この建物をいろいろな強さの地震波で三次元方向に揺らして建物の動きを計測します。
今回の実験で得られたデータを元に、伝統構法の設計法の開発につなげることが目的です。

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この日は中地震、大地震、巨大地震のうち、大地震の地震波をX方向、Y方向に分けて揺らしました。
その結果、計測データからは、変形しながら40〜50mm程度歩くように基礎石のうえを移動したようです。

石場建ての伝統構法は建物をアンカーボルトで基礎に固定してないため、大きな地震力を受けると、その力をいなすように建物全体が動いて被害を軽減することが判っています。
しかしながら、現在の建築基準法では建てることが出来ません。
一日も早い設計法の確立が望まれています。

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2010年01月20日

古民家再生プロジェクト

お誘いを受け、愛媛県宇和島市で四国電力がおこなっている古民家再生プロジェクトを見学に行きました。
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行ってみると宇和島市がすっぽりと雪の中。
10年ぶりの大雪とかで地元の方も驚いていました。

まず、最初に築140年の住宅の再生工事の現場を見せていただきました。
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140年前というと何だかピントこないけど、坂本龍馬が脱藩した年に建てられた建物と聞いて、あらためてその歳月を感じることができました
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つぎに、西予市に移動して昨年の12月に指定を受けたばかりの「宇和町卯之町伝統的建造物群保存地区」を見学。
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重伝建だけあって古い町並みが良く残されレトロな雰囲気がとっても良いです。
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最初に訪門したのは、四国電力がショールームとして古民家再生をおこなった「和み館」。
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歴史を感じさせる丸太梁の下には、最新のオール電化キッチンが設置され、新旧の対比が新鮮で、しかも何の違和感もなく良くマッチしていました。
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雪の庭を見通せるリビングの床には床暖房も入っていてほかほかと暖かい。
来場したお客様がつい長居をするとの話もうなずける居心地の良さでした。

宇和島でおこなわれている四国電力の古民家再生事業の仕掛け人、森さん。
静かな語り口ながら、その熱い情熱が印象的な人でした。
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その後は明治15年に建築された小学校の開明学校を見学。
外壁に漆喰が塗られた疑似洋風建築で端正なアーチ窓が美しい。
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次に松屋旅館を見学。
再生工事でダイナミックな梁を見せるようにしたとのこと。
老朽化していた建物に新しい息吹が吹き込まれていた。
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今回の見学では四国電力宇和島支店の皆様に大変お世話になりました。
本当に、貴重なお話しと長時間のご案内誠にありがとうございました。
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2009年09月10日

法然寺五重塔

お誘いがあり法然寺の五重塔の建築現場を見学させていただいた。

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現場には大きな素屋根がかかり槌音が漏れ聞こえる。
駐車場にある看板には外観のパースがあり完成時の五重塔の姿をアピールしている。

ヘルメットをかぶり、元請けの大成建設さんにご案内いただきながら場内へ。
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まず、目に飛び込んできたのは中心に建つ立派な心柱(しんばしら)。
樹齢350年の吉野桧だそうだ。
元口で直径500mmあり第1重では円形、上層では8角形に加工されている。
長さは13mあり、基壇(きだん)の礎石(そせき)から最上部までつらぬき通され、先端には相輪(そうりん)が載るようになる。

よく見ると側面に乾燥による干割れが入っている。
丸太のひび割れは、表面をひねるように旋回しながら割れることが多いが、機械で挽き割ったように真っ直ぐ垂直に割れているのには驚いた。
吉野の山守(やまもり)が木の性(しょう)をみて厳選した一品で、伐採後、葉っぱを付けたまま、山で半年間葉枯らし乾燥した後、重さが5t程度になったのを確認してヘリコプターで出材したそうだ。

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工事は昨年の3月26日に起工式、立柱式が今年の7月に行われ、現在は1重の垂木取付が施工されている。
工事は来年の10月に完成とのことなので、その際には盛大な落成式が催されることだろう。

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現場では4人ほどの大工さんが作業をしている。
黙々と作業をする大工さんを見てみると20代から30代くらいで、みんな若い。
後継者不足が叫ばれる大工職の世界だが、こうやって日本の伝統建築の技術が次の世代に伝わっていくのをみると嬉しくなる。

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この大工さん達は全員金剛組の社員さん。
金剛組は西暦578年創業の社寺建築を得意とする建設会社で、聖徳太子の時代から続く世界最古の企業といわれている。 http://www.kongogumi.co.jp/index.html
Tシャツに染め抜かれた社名が誇らしげ。

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地垂木(じたるき)の上に載る、木負(きおい)には、丁重に櫛歯形の欠き込みがされ、飛えん垂木(ひえんたるき)が整然とはめ込まれ美しく並んでいる。
先端の茅負(かやおい)は端部にかけて反りが施されており優雅な印象だ。

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その茅負の継ぎ手は”箱シャチ”のようだが外部側が斜めに加工されているのでより継ぎ手が分かり難い。

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第1重の肘木の組み物も丁重に組み上げられて白木が美しい。
木材の小口には白い胡粉(ごふん)が塗られていてより立体感が増している。

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心柱の礎石(そせき)には寄進者の名前が彫られている。
傍らの電気配管が現代の仏塔だということを物語っている。

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各層の四隅には鋼製の太いタイロッドが設けられ各層を引きつけている。
構造計算(限界耐力計算)で必要になったらしい。
外周の円柱の足元にも礎石から縦にステンレス鋼のダボ栓が埋め込まれ横ずれを止めているらしい。
昔のように礎石の上に置いているだけでは確認申請が通らないのだろう。

今日はとても良いものを見せていただき、ご案内くださった関係者の皆さんに大変感謝です。



posted by こまつ at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝統建築

2007年12月11日

おしゃれ

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12/9に岡山にある磯崎眠亀記念館に行ってきました。

磯崎眠亀はい草を使った花ゴザの織機を発明した人で岡山の偉人だそうです。
記念館は磯崎眠亀の住宅を移築保存した明治期の古民家です。
駐車場から入っていくと外壁に月の形の穴が空いていて中に硝子がはめ込まれていました。
はめ込まれている硝子は岡山で初めて住宅に使われた硝子だそうです。
玄関には軸回しで閉める凝ったつくりの雨戸がありました。
よく見ると三角形の板は一枚板ではなく細かく△に加工された板を一枚ずつはめ込んでいます。
昔の人の粋でおしゃれな意匠がみてとれます。



posted by こまつ at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝統建築

2006年10月03日

旧大国家住宅

土間から薄暗い小屋組を見上げて、思わず「うっ」と唸ってしまった。
頭上の太い丸太梁には、何と竹小舞い下地を巻きつけた上に土を塗り、更に漆喰が塗られていた。
250年の時を経て、漆喰はかなり剥落が進んでいたが、黒く煤けたその様子は、今まで見たどの建物の架構とも違う独特の雰囲気を漂わせていた。
それは、樹皮をつけたままの広葉樹を横にして、タテ・ヨコに組んだとでもいうような、はじめて見る木組みの姿だった。
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薄暗い小屋裏をよく見ると、かやぶき屋根を支える垂木部分にも漆喰が塗られている。
垂木の形を写すように黒く波打つ漆喰を見て、まったくここまでやるのかと半ば呆れてしまう。
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また、この小屋組の複雑なこと!
その原因は外に出て屋根の形を見ると判った。
”エ”の字型に入母屋の屋根を二つ並べ、その間を瓦屋根でつないだ「比翼造り」というこの住宅の独特の屋根の形からくるもので、日本全国でも3例しかないらしい。
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ご案内いただいた地元のガイドの方の説明では、その内のひとつが国宝「吉備津神社本殿」で、もう一例は千葉県にあるということだった。
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非常に希なはずだ、こんなに複雑で雨仕舞いが悪い形状では、腕の立つ大工でもおいそれとはつくる気にはならないだろう。
ましてや茅葺きの屋根である、なおのことだ。

そもそもこの家は北側の棟だけが先につくられ、その後家業が成功し、財力が出来るなかで南側の棟とそれを継ぐ瓦屋根が増築され、今の形となったそうだ。
つまり「吉備津神社本殿」などのように最初から計画された合理的なものではなくて、成り行きでこうなったというところが人の住む住宅らしくて面白いところだ。

この住宅にはつい最近まで家人が一人で住んでいたが維持できなくなり、和気町が買い取ったということだ。
しかし、町の財政も苦しいのだろう、あちこち痛んだ外壁が割れて下地の小舞いが見えているのが痛々しい。
出来るだけ早く保存改修工事を進めてもらいたいと心から祈るばかりだ。
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旧大国家住宅HP http://ww32.tiki.ne.jp/~wake/ookunikejyuutaku.htm










posted by こまつ at 05:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝統建築